何にでも理由が必要な感じが煩わしい

定期的に、とりあえず1年ぐらい休みたいなと思う時がある。

それが今だ。

 

一度社会に身を投じると、多くの場合、それだけの長期間休もうとすると、無職という身分を引き受ける必要が出てくる。

職を得たまま休むには何らかの理由が必要なのだ。

産休や育休、介護や傷病。

とにかく、そりゃあ仕事している場合じゃないよねって誰しもが思うレベルの理由。

 

私にはそれがない。

 

ただ、なんとなく休みたい。

有給休暇でちまちま休むことは、自分のやることさえやればそれほどうるさく言われないけれど、そうじゃなくて、しばらく仕事のこと考えなくていいくらいの期間がいい。

1週間でも長いと言えば長いが、誰かが自分に代わって進めておくほどでもない仕事が溜まってるんだろうなと思うと、3日に1回くらいは会社に行った方がいいのではという気持ちになってしまう。

それではあまり休んだ気がしない。

 

とりあえず最初の1ヶ月くらいは余った有給休暇を駆使すれば、まるまるお給料は出るだろう。

その後はさすがにお給料には頼れないから、貯金を崩しながら生きていくんだろうか。

 

普段からやりたいと思ったらすぐに手を出してしまうタイプなので、休みができたからといって特別やりたいことがあるわけでもない。

旅行とかは行きたい気もするけれど、インバウンドで値段が吊り上がっているようなら別にいいかなという感じ。

 

じゃあなんでそんなに休みたいのかと言われそうだが、本当に理由なく、ただただ休むっていうのをやってみたいだけなのだ。

一応、それが理由なのだが、そうは思ってもらえないかもしれない。

 

自分という人間が、休むとどうなるのか知りたいのだ。

 

例えば、好きな時間に寝て、起きて。

本当に自分に必要な睡眠時間を把握してみたりとか。

何をしてもいい中で何をしようと思うのか。

 

学生時代に同じことをやったとしても、お金がないという問題に振り回されてしまう。

社会人を経験すれば、少なくとも最初の1ヶ月程度は、余った有給休暇を駆使すれば、いつも通りのお給料がもらえた上で自由な時間を手に入れられるわけなので、できることの幅自体は格段に広がっているはずだ。

無職になるなら雇用保険から失業保険も出るには出るし(就職活動してるように見せなくちゃいけないけれど)退職金も多少手助けにはなるだろう。

 

年齢を考えれば再就職のしにくさとかを考えてしまうかもしれないけれど、人生100年時代を考えれば、まだまだ先は長い。

どこかでご縁がつながることだって大いにある。

 

頭の中ではいつだって、軽い気持ちでいるのだけれど、ちっとも現実にならない。

 

口に出してみたら何か変わるのかな。

誰に言えばいいのかな。

 

なんとなくで休んで、なんとなくまた働いたり勉強したりって、できないものか。

 

いちいち他人の「何で?」に答えないとダメなんだろうか。

こっちが手を尽くしたところで納得するかは相手の問題。

それを頑張らないといけないんだろうか。

 

多分、相手のための理由を考えることにすごく疲れているのだと思う。

他者を説得するのにかかるコストが高すぎる。

むやみに求められる理由は負担でしかない。

 

 

理由がなくてもいい。

そんな時間が欲しいと思う。